10月6日(水)~8日(金)根名草山・奥鬼怒

メンバー 4名

コース)

 6日 女夫渕~日光澤温泉  7日 日光沢温泉~根名草山<2330m>~日光澤温泉

 8日 日光沢温泉~鬼怒沼<2020m>~日光澤温泉~女夫渕~帰路

6日)参加者4人、武蔵浦和駅で待ち合わせて 車で8時前に出発。通勤通学時間とぶつかり高速入口までかなりの渋滞があるものの、その後は順調で女夫淵駐車場に11時に到着。休憩を兼ねて昼食を済ませて出発。鉄の階段を上り暫く進むと確か乙女の殿橋とか言う橋を渡り、二ツ岩橋、砥岩橋とか言う橋を渡り鬼怒川源流に沿って上ると護岸工事をしている人達に出会った。また工事を記念した碑をいくつか過ぎると崩れた旧道が出現してきた。そそりたつ岩場のため一種の恐れを感じながら歩いているとやっとログハウス調の八丁の湯、そして少し歩くと鉄筋の立派な加仁湯温泉。そこからさらに奥へ歩を進めるとやっと目的の日光沢温泉旅館が見えてきた。時刻はちょうど午後2時ころ。柴犬ワンちゃんが人懐っこく出迎えてくれた。早速荷物の整理を終えて露天風呂に直行。露天風呂は上下2ケ所あり、下の大浴場は白濁した硫黄泉、上は済んだ温泉で狸夫婦の置物が出迎えてくれた。湯上りの冷えたビールで一息ついた。夕飯を終えて翌朝6時出発ということで各々必要な荷物だけを整理して9時過ぎに就寝。

(7日)予定より30分早い5時半に宿を出発し、宿の裏を通って根名草山に向かってひたすら登り続けた。リ-ダ-を先頭に進むが、いくら歩いても登坂ばかり。途中ちらほら色づいた木々が出迎えてくれた。やっと分岐点に付き簡単な朝飯を取り、体に鞭を打ってさらに進み稜線に出たのが7時半。更に邁進した。瓦礫の場所には危なげの綱がはられ綱に頼らないよう指示が出ていた。昨晩よく寝られなかったこともあり、足元がふらついていた。見かねたリーダーが「途中のピークまで行きそこから引き返しましょう。」と言って慰めてくれた。帰りが遅くなるとヘッドライトを持参していない人がいるので危険であるからと諭された。それではと!途中のピークまでと頑張った。神様は見守っていてくれた。先頭が「着いた、着いた」と叫んだが、途中のピークだと皆思っていたが、そこは明らかに根名草山頂上の標識があった。ちょうど10時でした。結局予定より早い時間で到着できた。安心したせいか皆の声も弾んでいた。残りの昼飯のおにぎりは特に美味しかった。風が少し冷たかったので早く下山することにした。瓦礫の場所に戻ったのが正午で、当初の分岐点に戻り時計を見ると予定より早すぎるので遠回りして帰ることにした。ただ途中から道が悪くなり、足元の枯葉は濡れていたため滑りやすく何度もハッとした場面が何回もあった。最後は手白沢温泉への道路に出たので加仁湯経由で戻ったのが14時ちょっと過ぎであった。温泉に入って、夕飯を頂き、夜のお酒の楽しみは控えめにし早く休むことにした。

(8日) 昨日と同じく5時半に出発した。 不必要な荷物は宿に置かしてもらい軽い荷物で鬼怒川の上流に沿い登り、更に上り1時間後にオロオソロシノ滝と言う休憩場所で朝飯をとった。そして険しい岩場とか穏やかな山道とかを繰り返しやっと鬼怒沼に着いたのが出発から3時間後の8時半であった。その手前にあと0.9㎞との標識があったので、あと15分で着く、いや30分掛かると議論しながら進んだ所に再び0.4㎞の標識が有った。皆「え~まだ有るの?」と言いながら更に登った。残り0.2㎞の標識からは地獄の思いでひたすら歩くのみであった。これほど0.2㎞が長く感じたのは私ひとりではないと思う。沼は尾瀬沼を小さくしたもので、木道が続き親しみやすかった。サンショウウオにも会えたし、風が涼しく景色は最高であった。昨日登った根名草山は正面に見え山が所々色付いていたのが印象的であった。南の方には日光方面の山が見えた。ベンチで休憩を取りながら残りの朝飯を取ったのが8時半であった。日差しは真夏のように暑いくらいであった。ゆっくりと休んだのち池を一周して下山した。下山は余裕が有ったので紅葉を楽しみながら、また川のせせらぎを聞きながら日光沢温泉に戻ってきたのは11時40分頃でした。早速荷物の整理をして野天風呂にはいりました。のんびりし過ぎたせいか、宿を出発したのは午後1時でした。気の緩みか疲れかは知らないけれど女夫淵駐車場にたどり着いたのは14時50分でした。結構長かったです。後は運転をお任せして一路武蔵浦和に向かいました。夕方の交通渋滞は仕方がないのですが、駅についたのは18時頃で再会を期して解散しました。お疲れ様でした。

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2021年

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